【澤入由佳インタビュー】シルクロードからエンソフィアへ——人と人の心をつなぎ、世界を和(やわ)す

ENSOPHIAがヴィジョンとして掲げる「日本及び世界の多様な伝統・文化・芸能・精神性に内包された人間の普遍的な”叡智=SOPHIA”をもとにつながりあう豊かな世界」。

このインタビューシリーズでは、多様な経験や才能を、こうした「普遍的に大切なこと」に役立てたいと願い活動する人々の声と言葉をお届けします。

第一回目はENSOPHIAのファウンダーであり、名付け親でもある澤入由佳さんの登場です。

インタビュアー岡崎(以下 岡崎):まずは、エンソフィアを設立するに至った経緯や理念をお聞きしたいです。エンソフィアと名称が変わる前は、「SILKROAD JAPAN(日本シルクロード芸能文化協会)」として活動されていましたよね。

日本、アジア、ヨーロッパの伝統音楽や舞のコラボレーションを手掛け、さまざまな舞台公演や文化交流のイベントの主催や客演もされてきました。ファシリテーションもしつつ、澤入さんご自身も舞い手として舞台にも出演されて、これはかなり情熱がなければできない仕事だと思います。

エンソフィアにも受け継がれているこうした活動を始められたきっかけや思いを教えてください。

魂の記憶を辿る旅

澤入由佳(以下 澤入):始まりは、個人的なストーリーにも繋がるのでどこから話そうかという感じなのですが……。

2011年に祖父を亡くしたんですが、それは一つのきっかけと言えるかもしれません。私は祖父を深く慕っていましたし、それだけではなく「この人を喜ばせたい」「この人に私が頑張る姿を見せたい」と思う相手でもあったので、祖父が亡くなったことはとてもショックでした。

ちょうどその頃、ある国際機関で働きながらMBAを取得して、トルコでのインターンシップを終えて日本に帰国したばかりで。本来であれば、大学院も卒業して、ここからバリバリ働く、というところですが、祖父が亡くなって急に「どう生きていいか分からない」という、根源的な問いに直面してしまいました。

岡崎:お祖父様という、人生の指針をなくしてしまったんですね。

澤入:そうですね。その当時、年齢的にはすでに大人でしたが、他人のために生きていた自分に気付かされてしまった感覚でした。

仕事とは別に、20代の頃から自分を表現する方法の一つとしてダンスはずっとやっていたんですが、その頃からダンスのスタイルも、奉納を目的とする巫女舞に移行しました。「魂の記憶を思い出す」という大きなプロジェクトが自分の中に降りてきて、そういうテーマの舞台をやったりもしていましたね。

そういう流れの中で「これは人生の決断だから」なんて、訳のわからないことを言って仕事を辞めました。

それからその先のプランも何もないまま、2012年の春に、トルコを旅してから中央アジアのキルギスに行ったんです。現地のおじいちゃんのドライバーと、英語を勉強中という高校生の女の子の通訳と3人で、お互い言葉もイマイチ通じないまま、4000メートル級の山々を旅しました。

岡崎:ロードムービーみたいですね!

澤入:キルギスって、実はとても日本に親しみを持ってくれている国で、顔立ちもキルギス人と日本人ってよく似ているんです。はるか古代に、アルタイ山脈から西へ向かい肉を食べるようになったのがキルギス人で、東へ向かい魚を食べるようになったのが日本人だ、という伝承があるくらい。不思議なんですが、そういった古い記憶や、神話的なところでとても繋がりを感じる国であり、人々なんです。

そこで、ユルタと呼ばれる遊牧民の住居に泊まって、電気も水道もトイレもない、本当に何にもない生活をして。それ以前の、忙しく仕事をしながらMBAの勉強もして、情報も人も溢れていたのとは真逆ですよね。もちろんインターネットも、娯楽もない、とても削ぎ落とされた生活の中で、結局最終的に、本当に意味のあるものは「人のぬくもりと愛」だと深く実感したんです。

それで、キルギスから帰国した時に、さあこれからどうやって生きていこう、と考えた時、何度も頭に浮かんだのが「シルクロード」という単語でした。本当にそれしか思い浮かばなくて。

「縁」に導かれる 

澤入:シルクロードって言っても、一体何をすればいいんだろうって、その一年は自己に向き合いつつ、紆余曲折があったんですが、最終的にはその翌年、世界経済フォーラム(通称ダボス会議)の日本事務所に入ることになったんですよね。

岡崎:澤入さんのような、霊的な探究や文化・芸術的な活動をされている方が、世界の政治経済のトップが集まる国際会議の事務局で働いていたというのは、意外な感じもします。

澤入:私は理念で動くタイプなので、ただ経済的な目的のためだけに働くのはしっくりこない感じになってしまうんですね。限定的すぎる目的では燃えないというか。

でもフォーラムって雲の上の枠組みの感じですが、そういう本当に影響力を持った人々が「世界をより良くする」というミッションを掲げて集まっているんです。この理念のためなら私はコミットして働けると思いました。仕事としてはとてもハードでしたが、やりがいはありました。

私にとっては仕事の側面と、舞いの側面は両方ともなくてはならないものです。MBAの勉強をしていたとき、忙しすぎて一度ダンスをやめたこともありましたが、自分の中のバランスがおかしくなりましたね。

それで気づいたんですが、私のミッションは結局、違う世界を繋げることなんですよね。巫女舞も、天と地、神と人を繋ぐことですし、仕事でやってきたことも異文化やトップ層と一般社会を上手く繋ぐことなので、結局どちらも同じことをやっているんです。そう思ったら、自分の中でも腑に落ちました。

岡崎:なるほど。ミッションという上ではリンクを感じていたわけですね。でも当時は、舞に関しては、あくまでも澤入さんの個人的な表現・探究として活動されていたんですね。「魂の記憶を思い出す」というプロジェクトの継続と言いますか……。

澤入:そうですね。個人的な探求でした。その舞の活動を通じて、さまざまな素晴らしい方々にお会いすることもできました。舞楽の先生、作曲家の方、お能の先生……。

でもある時、尊敬する二人の先生方からほぼ同時に、「あなたはそろそろ、独り立ちして自分の表現をやっていった方がいい」と言われたんです。私の舞の舞台を見に来てくださって、そのときに言われたんですが。当時私は、ある団体に所属していたので、お二人から同じことを言われて驚きましたが、そういうタイミングが来たのかもしれないと思いました。

その助言が後押しになって、特定の舞踊のスタイルや団体に属さず、もっと自分の魂の目的に近いものとして、シルクロードプロジェクトをやっていくと決めたんです。

岡崎:キルギスで受け取ったキーワード「シルクロード」が、いよいよ形になり始めたんですね。

Silkroad in Rainbow

澤入:私の背中を押してくれた、作曲家であり胡弓奏者の木場さんの、まさに「シルクロード組曲」というタイトルの楽曲があるんですが、すごく世界観にインスピレーションを受けた曲なんです。

独立してから、その曲でパフォーマンスさせていただけることにもなって、時の私は和楽器のことなんて何も知らなかったんですが、それをきっかけに様々な和楽器奏者の方と繋がるようにもなりました。

その初の試みとして「Silkroad in Rainbow(虹のシルクロード)」というイベントを作ったんですが、要は、私が見たヴィジョンを舞台にしようという試みで。

岡崎:どんなヴィジョンだったんですか?

澤入:まさに虹がシルクロードを繋いでいくというヴィジョンを、上から見ているような感じで。色とりどりのカラフルな文化が、シルクロードを繋いでいくような感覚でした。

そこからは演奏会や交流会を開催して、その活動が数珠つなぎに色々なご縁を運んできてくれました。

胡弓奏者のご紹介のパーカッショニストに会いに行き、そこで今度はブルガリア人の奏者に出逢いその演奏会で。さらに、お箏奏者に繋がって……。最終的には、そのお箏奏者が、今のエンソフィアの共同代表であり、ライフパートナーでもある大塚惇平を紹介してくれました。

岡崎:そこでエンソフィアの前身である「SILKROAD JAPAN(日本シルクロード芸能文化協会)」が設立されたんですね。

澤入:法人化に至る流れにも、実は色々あったのですが……。

私としては、極論自分が踊りたいからシルクロードプロジェクトを始めたわけですが、当時、本業の仕事を通して知り合った方が、急に「これは法人化すべきだ」「事務手続きはやってあげるから」と言い出して。

私は代表とか、前に立つことが得意ではないんですが、その方に「由佳さんが代表に立ってください」と押し切られたような形になりました。

そういう流れでなかったら、きっと私は法人の代表はやらなかったと思います。

岡崎:個人の意図を超えた、何か大きな流れを感じるようなお話ですね。

澤入:その後も、シルクロードプロジェクトの活動は奇跡の連続でした。コロナが始まった時期には、アーティストやクリエイティブ関係者はいきなり仕事が無くなったのですが、その時に都内の5ヵ寺で、当時は未だあまり出ていなかったライブ配信を請け負ってくださる方がいらっしゃったり。演奏家の方も、当時はたくさんの公演がキャンセルされていたので、超一流の方が集まってくださったり。

ペイフォワードの精神で、理念に共鳴して関わってくださる方も本当に多くて。

抽象的な言い方ですが「本物」に携わってる方ほど、理念で通じ合うことが多いということも体験してきましたね。

さまざまなご縁に助けられながら、シルクロードというキーワードから始まった活動の理念も深化していったと思います。

当初は、音楽や舞いといった文化芸術の側面で異文化をつなぐ、というテーマでしたが、活動していくうちに、そうした伝統文化は各地の精神性や信仰と切り離せないということが明らかになって。

惇平さんとも色々話をして、結局私たちは、単純にすごく素晴らしい音楽や舞台を作り上げたいわけではなくて、人と人の心を繋ぎたいんだ、ということに思い至りました。

それで、単に文化の違いを乗り越えるということではなく、それぞれの精神文化の中に内包されている普遍的な叡智(ソフィア)を基盤に、「すでに繋がっている」という地平で活動したいと感じるようになりました。

2024年には、世界経済フォーラムの仕事も辞めて、それを機に、法人の体制も整えました。代表も、惇平さんに共同代表に入ってもらって、4名の理事の皆さんにも入っていただいて。

体制も、活動の深度も変わるので、団体の名称も新たなものにしたいと思って、新しい名前についてはずいぶん長い時間悩みました。

叡智をもとに繋がり合うという「ソフィア」という言葉は絶対に入れたかったんですが、〇〇ソフィアとか、ソフィア〇〇とか、色々考えましたね。多分数か月は悩んだと思います。それである時急に、「エンソフィア」という名前が降りてきたんです。

エンソフィアのウェブサイトでも紹介されていますが、接頭辞の「en」は英語では「〜の中へ」や「強化する」という意味になりますし、日本語の響きでは「縁」であり「円」でもある。ソフィアの中で、ソフィアを通じて繋がる縁を紡いでいく。もうこれしかない!というピッタリの名前でした。

その直後、惇平さんトルコに行ったんですが、エフェソスという古代都市の遺跡でソフィア女神の像にも出会って、これはもう間違いないと思いましたね。

岡崎:本当に、ご縁とインスピレーションに導かれるような流れだったんですね。

「和す(やわす)」力

大塚惇平(以下 大塚):エンソフィアの活動の根底には、由佳さんの人と人を調和させる、「和す(やわす)」力があるんですよ。

ただ優しいとか、気がつくということではなくて、国際機関で働いてきた経験があるので、実務的な対応もできる。その上で、多様な人々や文化が交わる場で、全体の調和を保ち、ポジティブな化学反応を促す立ち回りができる。これは本当に、特異な才能だと思います。

岡崎:確かに、私も何度か近くで目撃しましたが、澤入さんは国籍の違うVIPの方や、アーティストの方々とも本当にすぐに仲良くなりますよね。

しかもそれが表面的ではなくて、プライベートな場に招待されたり、大切な人脈を紹介してもらえたりするようなレベルの仲の深まり方で、いつもすごいなと思っていました。

これは、わかりやすいリーダーシップとは違った、目立たないけれど大切な働きですよね。まさに女性的な精神知である「ソフィア」的な仕事ですね。

澤入:今までもそうだったんですが、私の仕事って名前がつけられないんですよ。

人って、一人ではなく誰かと一緒になったとき、かつComfortable(心地良い)な状態になったときに一番力を発揮するんですよね。

だから、どうやったら全体の力が一番発揮されるのかというところが、いつも私の気にしているところです。

今日の会議にはこの人とこの人が集まるから、こういう根回しをして、っていうのはすごく考えますね。ただ人を集めればいい、優秀な人を入れればいいというわけではなくて、良い化学反応が起きるように整える必要があるんです。

エンソフィアの活動も、いわば一つのムーブメントを起こそうという試みだといえますが、そのためにも人と人との良い化学反応を起こすことが大事だと思いますね。

私は、どんなに文化や背景や立場が違う人に会っても、心と心で会話するということは気をつけているんです。

何十カ国ものVIPが集まるカンファレンスのオペレーションに入ることも多いのですが、そういうときって予想外のアクシデントが起こることが結構あるんです。「和す」という在り方を大切にしていたら、「あなたが心から仕事してくれていたことは伝わってるよ」「日本のホスピタリティを感じたよ」と言ってもらえたこともありました。

大塚:これが「繋げる力」だよね。

澤入:そう。これが、戦争を起こさない、争いの種を作らないという知恵なんだと思います。

世の中いろんな事件もありますが、それもまた魂のある側面から見ると、自分の心にも存在する影の部分が引き起こしていることでもあるんですよね。

そういった事件は、ただそれを鏡のように見せているだけというか。

自分の中にも鬼は必ずいるし、それを自覚しておく必要がありますよね。そうすると悪い人がいて悪いことを起こしているという他責の発想にはならないですよね。全て自分自身でもあるわけですから。

だから結局は、自分のミッションにコミットすることが、巡り巡って色々な人の助けにもなると思っています。

大塚:個人の小欲ではなく、他者や全体に奉仕する大欲を持つということにも繋がると思いますね。大きなものに奉仕するときに感じる至福の方が、本当は大きいんですよね。

個人の幻想を超えて繋がり合う、由佳さんの「和す」力が、エンソフィアのまさに核心なんです。

(了)

岡崎直子|ライター・神秘思想研究家
国際基督教大学(ICU)卒業後、小学館に入社。『CanCam』『Domani』などの女性誌編集に携わり、取材・編集・執筆を経験。退社後は独立し、占星学、タロット、カバラをはじめとする神秘思想や哲学、ヌーソロジーの研究に取り組む。現在はこれらをテーマとした講座やワークショップを主宰。人間の意識や精神性への探究を軸に、文化・芸術など幅広い領域に関心を寄せている。
HP: naokookazaki.com

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